岡山地方裁判所津山支部 昭和29年(わ)280号 判決 1959年3月31日
被告人 修三こと阿部慶治
明四五・一・一生 会社員
主文
被告人を懲役一年及び食糧管理法違反の罪につき罰金五万円、所得税法違反の罰につき罰金二十五万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。但しこの裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
罪となるべき事実
被告人は昭和二十六年五月頃より津山市二階町七番地において 米等を原料とする「突出し」等いわゆる珍味食料品の製造販売業を営んでいたものであるが、
第一、昭和二十七年初頃、当時所轄津山税務署直税課所得税係として、申告所得税の所得額の調査及び査定等の職務に従事していた大蔵事務官井関裕道と相識り、しかも同人の妻女の営む飲食店が被告人の取引の得意先であつたのを奇貨とし、同事務官及びその先輩同僚の所得税係から、所得額の調査々定等につき有利な取計いを受けたい趣旨で
(一)(1) 昭和二十七年七月十七日頃、前記井関裕道及び同人と同様な身分職務を有する同署同課所得税係神崎琢之、池上英雄の三名に対し、津山市南新座一丁目六番地旅館料理業「蔦美」こと竹内操方において、一人前二千四百八十二円相当の酒食等の饗応(四名で九千九百三十円の飲食遊興)をなし
(2) 同夜引続き同市材木町六三番地待合「一力楼」こと粉川武雄方に神崎琢之、池上英雄の両名を、また同所六二番地待合「松月楼」こと新田久志方に井関裕道を各案内し、同人等の性交の相手として接客婦各一名を提供し、
よつて一人前八百円相当の遊興の接待をなし
(二)(1) 同年八月七日頃、右井関裕道、池上英雄及び同人等と同様な身分職務を有する福田守等三名に対し、同市二階町一一番地料理業「歌扇」こと瀬尾きみ方において、一人前千九百五十五円相当の酒食等の饗応(四人で合計七千八百二十円相当の飲食遊興)をなし
(2) 同夜引続き右三名を同市伏見町の待合「花月楼」こと小原方に案内し、同所において酒食と性交相手としての接客婦各一名を提供し、よつて一人前千百六十六円相当の飲食遊興の接待をなし
(三) 同年九月七日頃、同市伏見町一、三二三番地待合「開勢楼」こと中谷サト方において前記福田守及び同人と同様な身分職務を有する大熊照二等二名に対し、奥西一外二名の斡旋により、一人前二千円相当の酒食と性交相手としての接客婦を提供し(六名で一万二千円の飲食遊興)よつて遊興の接待をなし
(四) 同年九月八日頃前記待合「花月楼」こと小原浩方において井関裕道に対し、酒食と性交相手としての接客婦を提供し、よつて一人前千六十六円相当の遊興の接待をなし
以つて右井関、神崎、池上、福田、大熊等の職務に関し各賄賂を供与し
第二 また被告人は法定の除外事由がないのに、前記食糧品の製造原料として営業上使用するために、別紙第一犯罪一覧表記載の通り、昭和二十六年七月四日頃より翌二十七年九月二十五日頃までの間、前後八十八回に亘り、前記店舗において政府以外の者である住所氏名不詳者から、一回に六升七合ないし一石八斗二升、合計三十四石九斗九升七合の糯米を、一升につき百十円ないし百三十五円の割合により代金合計四十一万五千八百九十三円で各買受け、
第三、なお被告人は前記の通り、珍味食料品の製造販売業を営み、昭和二十六年一月一日より同年十二月三十一日までの同営業による事業所得は、別紙第二計算書の通り金二百三十九万二千五百円であつたにもかかわらず、昭和二十七年二月二十九日頃、所轄津山税務署に対し、昭和二十六年度所得額の確定申告をするに当り、所得税を逋脱する意思を以つて、右所得の大部分を秘匿し、その約八分の一の金三十万円を所得額とする虚偽過少の確定申告書を提出し、よつて前記所得に対する所得税額百十一万二千八百二十五円のうち、申告納付額五万六千四十円を控除した差額金百五万六千七百八十五円を逋脱し
たものである。
証拠<省略>
被告人及び弁護人の主張に対する判断
(一) 判示第三の所得額に関する主張について
被告人及び弁護人は、判示第三の所得額について先ず(1)その借方即ち支出の金額を争い、右支出額算出の基礎となる証第四、五号金銭出納簿等帳簿には、支出金額の記載洩れがあると主張し、自からその計算書を提出しているのであるが、そのうちで証第四三号ないし四七号の証明書あるいは領収証等に記載せられてある分は兎に角、それ以外の被告人主張の支出金額は、いずれも何等資料の裏付もない単なる推測であつて俄かに信用することのできないものである。そしてまた証第四三号ないし四七号の証明書や領収証によつて認められる支出金総額十二万四千三百五十一円も、前記金銭出納簿中に使途不明の支出額として記載計上されたものが、合計十四万二千三百円に達すること、及び右使途不明の支出額なるものは、被告人自身において、月一回ないし二回、右金銭出納簿につき自から判示営業における収入、支出、残高(預貯金も含む)の照合を行い、その結果生じた残高の不足額を、その都度費目不明の支出額として同帳簿に計上記載し、よつて右三者が帳簿上一致するよう調整した金額の合計額であるから右金銭出納簿上一時は記載洩れになつていた個々の支出額も右照合の都度使途不明の支出額として一括記載せられている筋合にあること、など考慮するときは、右第四三号ないし第四七号の各書類によつて認められる支出額は、この使途不明の支出額十四万二千三百円中に包含しているものと認定するのが相当(別紙計算書においては、大蔵事務官土井憲一郎作成の計算書に倣い、営業雑費中に計上)である。これを要するに、本件所得額算定の基礎資料ともいうべき証第四、五号金銭出納簿においては、収入金額、支出金額、及び差引残高の記載が三者合致しているのであつて、同額の収入の記載洩があるか、或は差引残高の計算において同額の過少記載のない限り、被告人弁護人主張のような支出額だけの記載洩を考えることはできない筋合である。よつてこの点に関する被告人等の主張は排斥を免れない。
つぎに(2)被告人等は収入即ち貸方の額、ことに棚卸商品副資材の金額を争うのであるが、それが判示金額に達することは、挙示の証拠によつてこれを認定し得るところであるに反し被告人の主張を裏付けるような資料は全く見当らない。よつて同主張もまた採用することができない。
さらに(3)被告人は判示営業の荒利益率を三六%四九四と認定することを過大なりとして争うのであるが、同認定が被告人にとつて寛大にこそあれ決して不当のものでないことは、判示証拠によつて明らかであり、ことに証第三八号原価計算書によれば、被告人において利益率が減少したと自認する昭和二十七年度においてさえ、売上金に対する直価比はほとんど五二%ないし六三%台荒利益四八%ないし三七%であつて、六四%を超ゆる場合はきわめて僅少であることが認められるのである。従つてこの点に関する被告人の主張もまた排斥を免れない。
(二) 逋脱の犯意並びに不正行為なしとの主張について
被告人弁護人は判示過少申告について、判示営業は昭和二十六年において、異常急激な膨張発展をしたため、被告人としても所得額の実体を正確に把握していなかつたところえ、所轄津山税務署より同年度の所得額を三十万円と申告するよう指示慫慂があつたので、それに従い同額の所得申告をしたものであり、逋脱の犯意もなく、また逋脱犯とせらるべき不正行為もないと主張する。
しかし被告人は昭和二十六年初より自から右営業の経理事務を行い、その後従業員切明晃をして記帳その他の経理事務を担任させてから後も、仕入関係の記帳整理と、同営業全体に亘る収入支出の全部を記帳する金銭出納簿の整理は被告人において専行し、しかも毎月一回ないし二回に亘つて収、支残高の照合を行い、さらに昭和二十六年四月一日現在及び同年十一月五日現在において定期ならびに臨時の棚卸を行い、営業成績の把握に努めて居り、同年の営業成績従つて所得額についても、相当確実の認識を持つていたであろうことを推認するに足る。しかるに被告人は、判示証拠(特に切明晃の供述記載)によつて認められる通り、年間二百三十万円を超える所得の大部分を秘匿し当初はその十分の一にも満たない二十万円の所得申告をしようと考えていた形跡もあり、ことに被告人主張のように所轄津山税務署より、三十万円の確定申告をするよう慫慂のあつた後においてさえ、金二十四万円の所得申告を黙認受理して貰うよう右税務署に接衝方奥西税理士に相談した事実も認められ、右三十万円の所得申告も右のような被告人の希望の達せられない情況が判明後、はじめてしたものであることが認められる。して見れば被告人は前記税務署の申告額の指示の有無にかかわらず、所得税逋脱の犯意を有していたものと認定せざるを得ない。
つぎに被告人の本件虚偽過少申告が、いわゆる脱税犯を規定する所得税法第六十九条第一項の不正行為に該当するか否かについて判断する。おもうに本件申告当時の所得税法においては、単純無申告の所為を処罰する規定を欠き、また単純無申告の所為の如き単純な不作為を以つて、所得税法第六十九条にいわゆる詐偽その他の不正行為に当るものと解釈することのできないことも明らかなところから、単純不申告の事案は不処罰とせられていたことは弁護人主張の通りである。
しかし本件過少申告は、前記の如く所得税逋脱の犯意を以つて、約二百四十万円にも近い所得の大部分を秘匿し、ほぼその八分の一に過ぎない金三十万円を所得額とする虚偽過少の所得申告をしたものであるから、既にそのことだけで前記不正行為に該当し、いわゆる単純不申告と同一視すべき筋合のものではない。よつてこの点に関する被告人弁護人の主張もまた採用することはできない。
法令の適用
法律に照すと被告人の所為のうち判示第一、の各贈賄(但し(一)の(1)(2)、(二)の(1)(2)は各包括一罪と認める)の点は刑法第百九十八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条、第二の食糧管理法違反の点は食糧管理法第九条第一項、第三十一条、同法施行規則第四十条に、第三の所得税法違反の点は所得税法第六十九条第一項に各該当し、第一、の(一)(二)(三)の各贈賄はそれぞれ同時に数名を饗応接待したもので、一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段を適用すべく、前記各所為はその犯情により、第一の各贈賄については所定刑中懲役刑を選択し第二の各食糧管理法違反と第三の所得税法違反については、それぞれ懲役刑と罰金刑の双方を併科するを相当とし以上の各所為は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、その懲役刑については同法第四十七条本文、第十条に従い最も重い別紙第一々覧表5の食糧管理法違反の罪の刑に併合罪の加重をし、その刑期及び所定罰金額の範囲内において、被告人を懲役一年及び食糧管理法違反の罪につき罰金五万円、所得税法違反につき罰金二十五万円に処し、若し右各罰金を完納することができないときは、刑法第十八条第一項に従い二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、なお情状により刑法第二十五条第一項によりこの裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予することを相当とし、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い全部被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(別紙第一一覧表、同第二損益計算書)<省略>
(裁判官 幸田輝治 寺島常久 川端浩)